時の流れ

「もっとも簡潔にして直截、機能的にして経済的、かつ自然なるもののみが、真にまったき美を有する」。
アントニン・レーモンド*

建築の設計を生業としてから十数年がすぎた。自分自身もすでに中年の域にさしかかり人生の後半を迎えていることを自覚するようになった。
しかしながら、「少年老いやすく、学成りがたし」目標の達成はまだまだはるか彼方である。
何件かの自身の係わった建物が完成し、住まい手の人生をささえ、守っていると同時に、歴史を刻んでいるのを実感する今日このごろである。
竣工当時に感動した白木の輝きは失せ、木は黒ずみ劣化を始めている。最初に設計を依頼された大川さんの子供達はすでに成人し、生まれ育った家を離れ別居して暮らすようになった。
最近、大学の研究室で教えを受けた武藤章**先生のことを懐かしく思い出すようになった。昨年13回忌の集まりの案内があったが出席しなかった。人は「幻の酒」と称するが、武藤研究室の卒業生はみな頷くはずである。
大学一年の時、先輩に案内されて、新緑の中、蓼科にあるクラブ山荘を見た時の感動は、今でも忘れられない。武藤先生の心の底には師事したA.アアルトの生き方が流れていると思う。
建築家をこころざした時、最初は建物の写真ばかり見て、それが自身の栄養になるとばかり思っていたような気がする。しかし、設計するという行為は、そのまま人の生き方そのものである。人格を作るしかないと気づくようになった。
すべて人の作ったものには、その人の思想と生き方が反映しているとみるべきである。さらには地域のもつ歴史と風土も洞察する知恵が必要であろう。
今は、ものづくりの道をたんたんと極めてみたいという心境である。
設計事務所を開設してから自分自身のアトリエ兼住宅を含めて約7件ほどの戸建て住宅を設計し、監理する機会に恵まれた。考えてみるとこの数は決して多いものではない、むしろ少ないであろう。しかし、それは質の高い密度の濃い経験であった。
縁あって家づくりの重要な立場をまかされたということで、それぞれの家と建て主の人たちのことを、すべてくっきりとした印象を持って今思い出すことができる。それはいってみれば施主である住まい手と人生を共有したという実感なのである。
もちろん、設計者としての力量もすこしは向上したと自負しているが、最近、住宅設計にあたって、最も大事なことは「心の交流と、お互いの思いやり」ではないかと思うようになった。「良い建築は、美しい対話からうまれる」という言葉があるが、その通りではないだろうか。
幸いにも、わたしに住宅設計者として指名して下さった方は、家族の運命の一端をかけて下さったのである。このことの意味を重く受けとめたいと思っている。
「美しいものは、大変役に立つ」のではないだろうか。わたしは、語弊を恐れずいうならば、できるだけ真実で、美しい空間を作りたいと思う。そして住まい手の美しい思い出をいっぱい残してほしい。
だから、世界に一つしかない自分の家を作るためのパートナーとして幸運なる出合いのあることを切に願っている。

蓼科クラブ山荘**
*  建築文化講演会集’95 新日本建築家協会
** 有機的構成へ 武藤章建築作品集 住宅建築別冊.31 建築資料研究社
(1997.10)

ここには過去に書き留めた文章をピックアップしてのせてみました。

参加のデザインを考える
考現学や民家研究で知られる今和次郎は、日本各地の庶民の日常をつぶさに見聞して「創意と工夫のある生活は、人生の喜びである」と言い切っている。住民のまちづくりにおいても同じことがいえる。住民の意志が反映されない行政は住民にとって喜びとはいえないであろう。創意と工夫に喜びがあるのである。
最近「参加のデザイン」という言葉を良く耳にするようになった。住民参加のデザインとも呼ばれており、具体的には参加者を募って、ワークショップという、集団で設計作業や計画案づくりを行う会議の形式をとることが多い。このような参加のデザインは、住民のデザインへの直接参加を支援する一つの手段であり意義も大きい。
例えば、参加者が立場をこえて学びあえる関係を作ることができる、自己実現をサポートする、自分たちで決めたことに対する愛着や責任感が持てる、お互い同士知り合える、などのメリットがある。参加のデザインを運営するには、ファシリテーターと呼ばれる中立的な立場から会議の進行役を努める人が不可欠である。ファシリテーターにとっては、デザインの進行にあたって、物語づくり、講義者、デザイナー、マネージャー、雰囲気づくり、など多様な能力*が要求される。また、参加のデザインは、建築設計者や専門家に対して能力や感性の変容を迫るものといえよう。
このような留意点を超えて、わたしたちは参加のデサインを自家藥籠中のものとしなければならないのではないだろうか。
* 延藤安弘氏の一連の論考、「参加のデザイン道具箱」参照
(建通新聞 97.10. 2)

公開設計競技の意義
最近、「ヘルシンキ・森と生きる都市展」を見る機会があった。19世紀後半から今日に至るまで、自然環境を積極的に取り入れ、美しいまちづくりを行ってきた歴史を集大成したもである。ヘルシンキは、タピオラのような森の都と呼ばれる住宅団地でも知られるが、世界的に著名な建築家であるアルヴァ・アアルトやエリエール・サーリネンを輩出した都市でもある。このヘルシンキは設計競技のたいへん盛んな都市といってよい。現在まで約1世紀の間に136件の設計競技が行われてきたのである。このような環境でアアルトやサーリネンは育ったのであった。
あらためていうまでもないが設計競技を行うメリットとして、設計、計画のプロセスが公開されることで市民参加が可能となる、計画の良否がオープンに議論できる、応募する立場からは、結果として他者の案と比較できることにより自分の力量を向上させる機運となる、入札、談合という不明朗な手段を回避できる、などがあげられる。一方、企画する側の作業が繁雑となる、企画から工事着手に至るまで日数がかかる、応募者への賞金などで経費が多くかかる、などデメリットもある。
このような公開設計競技は、都市づくり、人づくりの学校である。そして、バラを献じたる手に余香があるように、参加者の感性をとぎすまし、尊厳を目ざめさせ、ひいては市民の自立を促す手段の一つであるともいえよう。公開設計競技を讚じたい。
(建通新聞 97.10. 20)

コーポラティブ・ハウスへの期待
仲の良い友達同士や、一生隣近所で住みたい人たちが自発的に集まり、共同で住宅を建てる動きが多く見られるようになった。もともとスウェーデンなど欧米で普及してきたもので、コーポラティブ・ハウス(共同住宅)と呼ばれる。土地の確保から参加しようとする家族の募集、設計依頼、工事発注、運営管理まで自分たちが共同で行っていこうとするものである。
このコーポラティブ・ハウスの良い点は、ライフスタイルの進化への対応にあると思われる。例えば、相互扶助の関係が自然にできる、職住接近が実現する、多様な暮し方が可能である、エコロジーや省エネに対する取り組みができる、多様な世代と一緒に暮らせる、など利点が多い。少子高齢化で起きる育児、介護などの解決、男女の共生への志向など、小さなコミュニティ(共同体)の育成にも通じるものがあるといわれる。
実は、数年前から住宅設計の仲間十数名でコーポラティブ・ハウスのワークショップ(研究会)を行っているのであるが、個別住戸の間取りと同時に共用空間、コモンスペースへの色々な要望があって面白い。共同の四阿、水場、図書室、鳥の小屋、果樹、温室、大きなテーブルのある共同のオフィス、井戸、ギャラリーのある出入口、夕日の見えるカウンターバー、隠れ場所、陶芸工房、などなどきりがない。もちろん全部共同住宅に含めるのは無理があろう。さてどんなコーポラティブ・ハウスになるのか…。
皆、荒地に花を咲かせたいのである。
(建通新聞 97.10.27)

地域づくりの構想
「神は細部に宿る」といわれる。この言葉は地域づくりを志す者にとっても、示唆に富んでいないだろうか。それは地域の人間が生活している近隣社会や隣人との親密な関係の確立こそが、豊かで安定した地域を築く根本といえるからである。いわば地域に居住するわたしたちの倫理や道徳が、文化、経済として形となってあらわれるのである。地域づくりはその意味で、人々の「いのち」や「こころ」の生成発展であり、個人ひとりひとりが自己実現をめざす有機体にもなぞらえるべきものであろう。
わたしたちの身の回りに目を転ずると、国際化、高齢化などと共に、首都圏近郊地域固有の問題点として、都市での業務機能と住居専用に特化したニュータウン、住宅団地の拡大があげられる。地域づくりの観点から見ると、新たに移り住んだ新住民にとっては、新たなコミュニティの形成、レクリエーション環境や生活、文化環境の整備が課題となっている。一方、旧来の農村共同体や、旧市街地の住民にとっては、衰退しつつあるコミュニティの再構築が課題であり、農業の再生、商店街の活性化、区画整理、旧市街地の立て替えなどがあげられる。そしてこれらの新住民と旧住民は地域の中でまだら模様のように混在している。
これらの新興勢力としての新住民と衰退勢力としての旧住民の願望やニーズは、同様ではないが、これら両者のニーズが合体することによって、これからの地域づくりの方向が見えてくるのではないか。このような地域づくりのテーマとして、1)暮しの広場、コミュニティの育成としての商店街の再生 2)近郊農業の市民農園化、野外レクリエーションへの対応 3)自然や野生動物との共生をめざした生活環境の整備 4)職住近接と土地利用、建築用途の複合 5)古今の文化資本財の再利用と共生、等が旧勢力の「崩壊の芽」として、これからの地域づくりの構想として考えられるのではないかと思う。
このような地域づくりの運営においては、いわば非営利企業組織の経営センスの醸成が地域のリーダーにとって望まれる。わたしたちは種々の制約を最良の友人として地域づくりに果敢に取り組むべきなのである。
「21世紀の地域ネットワーキング」埼玉県 1993