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自然とともにデザインする
地域景観の計画手法の実践 Part 1
エコロジカル・プランニングのフレームのなかで
計画のコントロールレベル
地域や都市のたたずまいは、その存在を証明づける固有の景観を有している。それは,過去のわらぶき屋根の織りなす山村のひっそりとした集落の拡がりであったり、都市郊外の新興のコンクリートの住宅団地群であったりする。これらの景観における質の相違は単にシンボル(文化遺産)としての視覚上の相違だけでなく、過去と現在における地域社会の行動様式や、経済活動の相違を暗示している。そのことによって、地域の景観が持つ象徴機能の存在と、その観光資源との関連について考察することも興味深い。しかし、ここでは人間の地域社会または共同体が有する行動様式や、経済活動に裏打ちされた計画策定時の判断根拠とその実施への具体的なプロセスについて「景観」を通して言及してみたい。
地域、都市社会は、科学技術の進展等、歴史的な変遷に即して、可視的、不可視的な身の回りの環境を整備、更新してきた。また、将来の生活、経済環境としての住居や産業の配置、整備等は、地域の今日的な課題でもある。景観の計画もこれらの総合的な計画の属性として、または,並列的な計画作業として位置付けなければならないし、このことを前提として一応認識しておく必要があると思われる。
将来の地域環境の計画を考えるにあたって、自明のことであるが、計画の決定要因の一つとして、現代社会では、中央または、地方公共団体の行政的な施策、規制(注1)が存在することを無視することはできない。中央,地方行政が、このことによって地域の計画に際して常に施策の策定及びその見直し等への対応を迫られていることもまた当然であるといえる。一方、地域、都市の個々の住民や民間の事業者の意志も、将来環境の計画にあたって、個々にある種の役割を分担している。
そこで、計画,実施プロセスでは、将来の土地(環境)利用計画や景観の保全にあたっては、地域社会または地域住民のために計画のコントロール(規制,誘導)のレベルをどのような根拠で設定するか、が古くて新しい主要なテーマとなる。また、この誘導目標の設定根拠と実施要項について明らかにすることは、景観の計画と保全に限らず非常に困難な問題でもある。
都市における計画地域の存在(注2)や、日影規制の設定根拠は、比較的理解しやすい例かも知れない。注意深い人なら商業地域における都市景観のシルエットが、この規制によって大きく決定づけられていることに気付くはずである。(注3)
わらぶき屋根の織りなす山村の集落の広がりは、このような規制とは無縁であるが、民俗学的な公共の意識や、宗教的な拘束という計画のコントロール機能の存在については、推測できる。さらに、この公共的な意識には、地域の自然環境、いわば生態学的(エコロジカル)なシステムに適応するための先祖代々の知恵があったという指摘もできるかも知れない。
このような地域社会(計画主体)が有する誘導目標の段階(コントロール・レベル)は、現在では、一般的に規制、制御の放棄(アンコントロール)から強制(執行)まで連続的な展開の必要性が問われる。将来計画にあたってどのレベルを選択するかは、行政だけでなく計画事業者にとっては経済的なメリットともからみ、計画実施時の具体的な行為(アクション)を決定づける重要な要因であるといえる。
時々刻々,変貌する都市郊外の住宅地域の現実の景観、さらに住民の生活環境そのものも、地域行政や計画主体の意識、無意識を問わずこの「レベル」の必然的な選択の結果に基づくことを認めなければならないであろう。
環境アセスメント(特に環境影響評価)のシステムについて考えることは、以上の計画プロセスをさらに明確にすることができる。すなわち、事業の実施にあたって、事前にその自然社会環境に対する種々の影響を評価するというその本来の目的は、まさに、前述の「コントロール・レベル」を設定するための根拠として位置付けなければならない。少なくとも、計画の実施にあたって種々の影響について評価することは、地域社会の将来の環境質、例えば、「住まいやすさ」、「交通の便」、「災害に対する安全性」、「景観の質」などの変化について密接な関連を持っており、言い換えれば将来環境の質についての評価を試みることが可能であるいくつかの計画技法のひとつであるといえる。しかし、現実には,過去の環境影響評価の実践例の多くは、単に影響のいくつかについて評価することに終始して、計画(事業)内容そのものを変更、制御する機能を失っている例が多く、よって、影響評価を調整機能としてだけでなく、実施計画に積極的に応用するというプランニング・プロセスは考えにくい状況にあったに違いない。
そこで、計画を実施に移す際、「コントロール・レベル」としての「計画基準」をどのような段階として選択し、何を計画の規範とするかを明確にする必要がある。
一般的に、このような計画基準を選択するにあたり、人間の行動における意識の限界であったり、科学技術の枠組であったりするが、つまり言ってみればこのことは、「計画基準」を設定する場合の有効な根拠でもある。
次に「土地利用適性評価」(エコロジカル・プランニング)の方法が、何を「計画基準」の設定根拠とし、プロセスがどのように構成されているかについて明らかにしたい。
エコロジカル・プランニングの方法(注4)
前項では、一般に、計画の実施にあたり、その計画内容が、将来の環境の質や、生活の質をどのように変更させるのかという波及効果を判断し、その計画が有する特性についての明確な判断基準いわば「計画基準」を設定することの必要性とその概念について述べた。
「土地利用適性評価」(エコロジカル・プランニング)においては、その計画基準を自然、社会生態系のシステムから受ける限界と可能性の段階によって明らかにする。それは,自然社会生態系が、それを構成する要因間の相互依存の関係(エコロジカル・レアリティ)のもとに成り立つとし、自然作用(ナチュラル・プロセス)への適応の仕方を計画基準設定の際の主要な根拠として位置付けるものである。従って、自然、社会作用のシステム、いわば「供給」サイドに対して,社会,経済活動としての計画行為の「需要」サイドとの相対的な均衡の仕方を事前に評価することが、計画基準設定の一つの条件であるといってよい。
図における土地利用適性評価のフローチャート(省略)を参考としながら、基本的な計画プロセスをたどってみたい。
まず、地域の自然、社会環境特性を把握するために、一定の広がりをもった計画地域を設定する必要がある。同時に、このプロセスを通過するためには、地図またはメッシュ・データ等の数量的な処理も部分的に有効である。計画地域は,自然、社会生態系としての地域の広がりがいくつかの生態学的ユニットに分割できることを考慮して設定することが望ましい。このことで、ある条件に対して同一特性をもつ地域を選択することができ、それにより別に設定された計画地域との比較総合が可能となる。
計画地城の設定に伴って、自然、社会環境条件についての種々の調査が必要であり、現地調査以外にも、必要に応じて既存の調査資料、例えば、都市の動態、現況土地利用、陸系資源、水文系資源、生物系、大気系資源等についての資料を収集する。
地域、地区での環境条件に基づいて、生態学的なシステムを明らかにする。すなわち水循環のシステム、大気循環のシステム、栄養塩循環のシステム、地盤構造の種々の特性、景観の特性など、市街地、集落地であれば社会、文化、経済などの条件も含まれる。これらの自然、社会作用(システム)が、人間の社会、経済活動の適応の過程において種々の限界と可能性を有していることを評価、検証することによりそれを計画基準設定の基礎とし、いわば「供給要因」として位置付ける。
一方、地域、都市等の発展に基づいた環境に対する各種人間の利用行為、すなわち計画行為を分析し、「需要要因」として把え、住宅地、商工業用地の必要量など具体的な地域自然、社会環境へのアクティビティとして把握する。一般には、都市計画需要だけでなく、農用地、沿岸漁業用地(水域)の確保等も社会経済的なニーズとして位置づけ「需要要因」に含めなければならないだろう。
需要と供給の均衡は、具体的には、次のような設問を基礎としている。それは、ある自然作用システムに対して、ある計画行為を実施した場合に、将来どのレベルの「環境質」または、「生活の質」を維持できるかという問題である。いわば、この設問に対する解答こそが、既に述べた「計画基準」であるといってよい。
地域の自然、社会環境の有する限界と可能性を「地域の許容量」、そして社会経済活動を「計画行為」と言い換えると,「土地利用適性評価」は、次のようなシステムの構成に基づく。すなわち、地域の許容量のある段階(レベル1〜N)における地域的、地理的拡がりと、計画行為のある段階(レベル1〜N)における組み合せは、Nの2乗の数だけ存在し,それぞれについて「適(合)性」(将来環境の質、レベル1〜N)の段階を設定、評価するシステム構成としてである。ここでの適性の段階が,計画プロセスでの判断基準である。
計画基準におけるカテゴリーの設定にあたって、「土地利用適性評価」のプロセスでは、例えば、「快適性」、「利便性」、「安全性」等をとり上げているが、当然この適性の段階の評価は、モニタリング等による検証過程を経た上で行うことが望ましいであろう。
以上、「地域の許容量レベル」、「計画行為のレベル」、「適(合)性の段階」(環境の質)の三者の相互関連について明らかにすることが、需要と供給の均衡バランスであるといってよい。このような評価過程の構造が、エコ・システムや自然生態学的な地域条件を基礎としているために,「土地利用適性評価」を「生態学的な知見に基づいたプランニング」の方法だとも言うことができる。
土地利用適性評価では、この計画基準を基礎として、地域における土地利用用途のゾーニング」またフィジカルな「都市機能のネットワーク」等の具体的なプランを導き、さらに、「行政施策の実施指針」、「地域,都市,建築計画への実施指針」について明らかにすることを目的としている。*
(* 土地利用を環境利用あるいは地球利用と言い換えても広義において可能であろう。また土地の利用行為の計画は、マクロ・エンジニアリングの進化や、20世紀前半の「アテネ憲章」における「住まう」「働く」「憩う」「移動する」のゾーニングの考えも包摂している。さらに目標とする「環境の質」とは、地域コミュニティの共有主観に基づく将来ライフ・イメージの構想、ともいえるものである。そしてこのようなことから、計画論全般においてもこの評価フレームは有効に機能するのではないかと思われる)
次に述べる「景観の分析、計画手法」は、以上の土地利用適性評価の一部分、サブシステムとして位置付けられるものであり、具体的な作業過程に即して明らかにしたい。
景観適性評価の方法
土地利用適性評価の方法的枠組のなかで、景観の分析計画手法がどのように構成されるかについて明らかにし、このシステムを「景観適性評価」として位置付けることとする。
また,始めにこの方法については,カール・スタイニッツ等の方法を参考としていることもことわっておかなければならない。
さて,従来の景観の分析、評価にあたっては、建築物、構造物に対する形態、都市、街路景観等に対するものが大勢を占め、特に山地、農地、市街地などの地形条件との調和など、地域的な景観の計画に関する調査は、あまり試みられていないのではないだろうか。ここで述べる景観適性評価は、この地域景観の質をどのように維持し、高めてゆくかについての「計画基準」の設定を目的としたものである。
さきに、需要と供給との均衡という側面から計画基準の設定について論を進めたが、ここでも地域景観の計画にあたっての基本的なフレームとして応用される。
現実の地域景観は、一般に自然物と人工物とによって構成されていると考えてよく、これを供給要因とすると、景観を日々変化させてゆく社会経済的な人間の行為を需要要因と考えることができる。この前堤を踏えると計画基準は、景観の有する快適性の水準といってよい。従って景観の有する快適性の水準は、需要と供給の均衡という観点から、少なくとも建築物や都市の人工物のみによって維持されているのではない。供給要因として,自然の地形における起伏の連なりや、異種の植物による緑地の分布状態などについても考慮の対象に含める必要がある。
景観適性評価では,以下のような「仮説」(推論)を前堤としている。それは計画基準として、「景観的なインパクト」という概念を設定することにより、この景観的なインパクトは、地域の「景観の許容量」(供給サイド)及び、人間の具体的な土地利用行為(アクション)としての「視覚的なインプット量」によって規定できるという仮説である。
図の評価プロセスを示すフローチャート(省略) では、「仮説の検証過程」と地域、地区における「地図を用いた景観許容量の判断過程」の構成と、「計画の実施に対する指針の作成過程」を示している。
地域景観における地形の起伏の状態、つまりその地形が尾根地形であるか、平地、谷底地形であるかの分類や、植物の種類、樹高、樹冠密度、また土地利用の分布、施設の用途,種類の分布などはいずれも現実の「景観の許容量」を決定づける要因のいくつかとしてとりあげることができる。このような現存する地域景観に挿入される「視覚的なインプット量」は、具体的な各種施設、ビル、住宅、道路、工場、商業用の看板など土地利用の計画実施行為であり、この視覚的なインプット量によって「景観の有する快適性の水準」に変化をもたらす。いわば,この景観的なインパクトの定量化こそが、「計画基準」として設定されるわけである。フローチャートは,このような計画プロセスの一断面をモデル化して構成している。
仮説は、撮影された数十枚の合成写真に基づいてアンケート及びテストを行い、次に,「景観の許容量」と「視覚的なインプット量」及び「景観的なインパクト」の相互関連について数量的な関連を示す関係式を導き出すことで定量化し、検証する。
仮説1は、『「景観の許容量」は、「植物の分布による視覚の遮蔽度「及び「土地利用による現存景観のコンプレキシティ」の相互の関連によって規定できる」とするものである。
仮説2は、『土地利用行為による「視覚的なインプット量」は、「建築群の高さ」、「建築群の平面的密度」及び、「建築群の平均容積」の相互の関連によって規定できる』というものである。*
(* 視覚的インプット量については、その他に色彩、形態、素材などを基礎とし、計画の代替案の条件も一般的には含まれると思われるがここでは取り上げていない)
仮説3は、「「景観的なインパクト」は、「景観の許容量」及び、「視覚的なインプット量」による相互関連によって規定できる」とするものである。
以上の仮説の検証過程で得られた相互の要因間の関連の一つは、具体的な計画地域の個々の細分化された地区別に、景観の許容量図(地図)としてスコアの分布が記入される。すなわち、計画地域のどの場所が、どの程度の景観的な受容能力を有しているかが参照可能となる。一般に、このことから同一の建築面積をもった同じ建築物を、景観の許容量の高い地区と低い地区に配置した場合、許容量の低い地区の方が、周囲に生ずる景観的な異和感や波及効果が大きいことが推測されよう。また、建築物の集合の状態により視界に生ずる「視覚的なインプット量」によって、それを構成する要因個々の相対的な影響の分担率等についても推測を可能にする。計画の実施時に地域景観に生ずる波及効果(インパクト)については、地区別,敷地別の段階的な相違(レベル)が推測可能であることは、既に述べた通りである。
景観の許容量におけるスコアの分布地図は、地図の重ね合せ(オーバーレイ)によって導かれるが,そのためには,事前に許容量を構成するそれぞれの要因の段階的なモデル分類を地図上に記号化して表示しておく必要がある。この景観許容量図は,それだけで詳細な地区別の景観特性を示しており,一つの計画指針として使用してもよい。
以上の景観の分析,計画プロセスは、いわば,景観のインパクト評価(ケース1)としても考られ,応用可能である。さらに、フィードバックの機能に注意すれば,インパクトのレベル(1〜N)をある段階にコントロール(規制,誘導)することで,計画地域内での敷地の選択の範囲を地域的な拡がりとして明示したり(敷地の選定,ケース2),また敷地が既に選定されている場合,計画行為の内容,すなわち建築物の高さ,平面的な密度,平均容積などをコントロール(ケース3)してゆくことが可能であることが理解できよう。**
(** ここでのインパクトとは環境の質、生活の質といっても良いが少なくともアメニティ(快適性)に関連しているものであるといえよう)
注1 国土利用計画法,都市計画法,建築基準法など。
注2 行政的な規制と異なるのは,家相など,民俗学的な共同体の意識や,宗教と関連がある。
注3 道路斜線など都市計画地域での建築基準法などによる規制の存在。
注4 「建築文化」1975年6月号N0.344エコロジカル・プランニング(地域生態計画手法の実践)
以下の文章は、1974-1980年までの (株)RPT での仕事の内容の一部を、 月刊「観光」1980年。7、8月号に紹介したものです。ここでは文章の推敲とイラストの省略、少し補足を加えました。
このプランニング・プロセスは広く広範囲に応用が可能であると考えています。そのため、あえてアーカイブとして取り上げたものです。このような機会を与えてくださった磯辺行久氏(主宰者)、H.A.Shapiro氏、この仕事にたずさわったその他多くのスタッフの方々に心より感謝いたします。
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