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自然とともにデザインする
地域景観の計画手法の実践 Part 2
エコロジカル・プランニングのフレームの中で
住宅地計画への応用 Act 1
景観を計画するにあたって、その景観の質をどのようにコントロールしてゆくか、または、景観の質を維持回復するためにどう計画したら良いのか、その方法について、「土地利用適性評価」(エコロジカル・プランニング)の一つのサブシステムとして位置付け、その概略を「景観適性評価の方法」として前号で明らかにすることを試みた。
このような景観適性評価の方法を具体的に計画プロセスの中に組み込み、実践に移す場合について、かつて試みた計画の具体例を三つ取り上げ景観計画手法の実践として紹介したい。
この三つの計画例は、計画対象地域の面積(エリア)が異なっているという特徴を持っている。ひとつは、数百ヘクタールの宅地造成のための敷地計画(サイトスケール敷地編Act1)の例であり、もうひとつは、横浜市郊外の神奈川区一帯を対象地区とした地区スケールの例(地区スケール編Act 2)、最後は、広域地域的な景観計画及びその管理の例(地域スケール編Act 3 )であり、この三つの計画例に対して既に説明した同一の方法を摘用した訳である。
前回の景観の適性評価手法を前提としながら最初にサイトプランの例として宅地造成、敷地計画の住宅地計画への応用例から話を進めたい。計画敷地は、約250haの面積を持ち、郊外の市街地からさほど離れていない比較的起伏のある山地である。この敷地周辺には既にニュータウンが計画建設され、都市のスプロール現象の最先喘であり、市街地と山地とのボーダーライン上でもある。放っておくとこの境界線は人口増加に伴って市街化され、景観は一変するであろうと予想される。*
(* 今日21世紀の時点では、昨今の少子高齢化とともに非現実的な計画であろうか)
この敷地に対する計画事業サイドの需要は、概略住宅は原則として一戸建てとし、年間750戸で人口2,625人を計画し、4年で3,000戸、人口10,500人とするというものであった。単純人口密度を計算すると約42人/haとなり人口密度は、低いようにも考えられるが、ごく一般的な宅地造成のパターンでもある。ここで,敷地は250haの山間地であるので、この中にどのように人口を分散させ,住棟を配置し、交通システムを計画し、教育施設(学校,幼稚園等)やコミュニティ施設を計画してゆくかが基本的な課題となる訳である。
従来このような宅地造成一戸建のケースでは、民間ディベロッパーにとっては,宅地造成法等にもとづく法的規制や経営効率(経済性)等が主要な計画基準であったに違いない。その結果(短絡的過ぎるかも知れないが、つまり現在という建築のデザイン上のコンテクストについての認識は、無視することにして)都市郊外の市街地や新興住宅地の一般的な景観(けしき)が成立したと言って良いと思う。だとすれば、このような環境質つまり景観の質としてのけしきの印象とすでに述べた従来の計画基準の相互の因果関係について再検討を加える必要があるのではないだろうか。つまり宅地造成法による法的規制や経済効率のみでなく地域の景観の質を支配する潜在的なシステムとしての計画基準を新たに追加して計画を考えるべきなのである。このような問題設定は、非常に微妙で主観的な解答にならざるを得ないのだが、しかし、ここでの主眼はすでに景観適性評価の項で述べた「景観の許容量」という概念をどう計画に適用するかが問題であった。
景観適性評価(景観計両手法)の方法的な考え方を再度振り返ると,地域には,景観的な許容量、つまり一定の景観の質を維持するとすれば、新たに市街地等を計画する場合、視覚的、景観的な受容能力といった潜在的な評価価値が存在するのではないかといった仮説である。そこで地区別に、その価値の分布を明らかにしておくことが可能であれば,景観の質を制御、誘導するにあたって有効な根拠となり、計画基準(コントロール・レベル)として位置付けることができる。
しかし、視覚的景観的な受容能力とは,ここで述べる限り非常に抽象的な言い方である。つまり前提として具体的な計画行為の何に対する受容能力なのかを明らかにする必要があるだろう。さらに、受容能力と計画行為によって制御できると考えられる景観の質とは、どのような景色となって現われるのかといった点を事前に了解しておかなければならない。
ここで述べる住宅地計画の場合、周囲から見た場合の景観を、「樹林の種類別密度の分布」や「地形の標高差による周囲からの見えやすさ」の二つの要因を「景観の質」の計画基準とした。この計画基準に基づくと、景観の質を高めるためには、樹林の密度を高めることさらに標高の高い場所、つまり山の頂上や尾根筋など、景観として認識される可能性の高い場所に対して自然の状態が極力残されており、市街化を抑制した方が景観の質は高く良好であるということができる。以上の基準を摘用するために、次に,敷地内での景観の許容量スコアを算定評価する作業を行わなければならない。**
(* 周囲から見えやすい場所は極力自然を保存して、見えにくい場所に人工物を配置する方が視覚的インパクトは低いという推論)
一般に,景観の分析手法で用いられる「不可視深度」(注1)の考え方は、この評価を行う場合に有効であった。不可視深度とは、地域景観を眺めた場合に、地平線が見渡せるような平地でない限り、地形の起伏によって視線はさえぎられてしまうのだが、このことによってある一点からは見える地域と見えない地域が存在する訳である。ここで問題なのは,見えない地域がどのくらい見えないのかを事前に、しかも数量的に明らかにすることである。その深合せ、追加され判断基準として用いられた。
この住宅地計画では,さらに敷地内での景観の許容量の算定結果に基づいて,住宅地の配置計画案を数種類代替(オルタナティブ)モデルとして取り上げ、評価のための関数を設定することで、景観的な波及効果(インパクト)についても数量的に明らかにした。
景観的なインパクトを算定するための典型的な評価関数(バリュー・ファンクション)(注2)は基本的には、次のようなものである。すなわち、許容量の低い地区については,その地区に一定の住宅配置を行った場合、環境の質(E.Q=Environmental Quality)は急激に低下し、許容量の高い地区については、その質の低下は緩やかであることを関数形で明らかにしたもので、種々の環境質を定量的に把握するのに有効である。しかしながら、この計画では、未だ、この関数形に対し住民意識等による検証過程は導入していない。本来このような評価関数の設定に対しては、地域住民のアンケート等による意識の把握を基礎とした分析が必要だと言えるのだが。
次に述べるもう一つの住宅地計画の例では写真合成による景観的なインパクトの定量化の手法を試みることになる。
住宅地計画への応用 Act 2(注3)
ここでは、公団住宅の中層から高層の団地群の景観計画についての調査の概要について明らかにしたい。現実の郊外市街地における団地の住棟群は地区の景観を特徹づける主要な要素であり、その建築物の色彩や窓の形状などのデザインは建築学的な近代主義の理念を反映しているといってよいが、ここでは建築物デザイン単体としての意味論的特性については触れない。*
(** 戦後高度成長期の住宅公団の設計によるデザインは、いわゆる近代建築といわれるものであるといってよいのではないだろうか)
計画地域は、都市での住宅需要を考えれば当然のことであるが、郊外の準市街地が敷地に選ばれることは通常である。このような計画地として、横浜市郊外の神奈川区周辺が調査計画地域として取りあげられた。設定された調査地域の面積は約1,120haである。
この地区は、首都圏の郊外に位置することで、横浜市を中心とした市街化の拡大状況を明瞭に示している。市街地の中心は、地区の東南端をはずれたところに位置し、北西に向って拡大している。また西端を高速道路が貫通し、北から西に斜めに東海道新幹線が走っている。さてここで景観としての観点から注意すべきことは、大規模な建築物は、主に公団、公社住宅と公共施設(学校、寺院)のみであり、あとは一戸建の住宅地が市街地を埋めつくしている状況にあるといってよいことである。
地形学的には、台地状地形であり地表面を関東ローム層が覆っているが、等高線をみると谷筋と尾根筋が葉脈上に分布した形状をもっている。谷と尾根の標高レベル差は、約20〜30メートル前後の起伏を有しており、視覚的な景観の移り変りもアクセントが強い。
このような地区に住宅団地を計画するために「景観適性評価の手法」はどのように機能できるのだろうか。調査を試みるにあたっての基本的な構成は、次の三点であった。
その1 ;景観の許容量は、「植物による視覚の遮蔽効果の分布」、「地形の起伏による周囲から見られやすい地区と見られにくい地区の分布」及び、「土地利用現況の景観的な複雑さ(コンプレキシティ)」の三つの概念によって構成し、これらの条件の総合によって既定する。このことによって許容量の低い地区から高い地区への住宅地の敷地を誘導するか,敷地が決定している場合には、建築物の高さや密度等の既定事項に検討を加える。
その2;住宅団地の景観的なインパクトを決定づける要因は、「建築物の高さ」、「密度」、及び「平均容積」であり、これらの条件によって「景観に与える潜在的な影響」を既定する。
その3;「景観の許容量」及び「景観への潜在的な影響量(視覚的なインプット量)」によってどのような景観的なインパクトが生ずるかについて定量的に明らかにするための「評価関数」をアンケートとテストによって抽出する。同時に,その1、及びその2、での既定事項についても定量的な検証を試みる。*
(* ここで述べるAct-2地区編の方法的な考え方については、Part 1の文章を参照のこと)
「評価関数」を抽出する手法は、基本的には,景観の許容量を暗示した写真(事前に許容量を構成する要因である植生や地形や市街化のコンプレキシティのスコアを事前に与えておいたもの)と視覚的インプット量(団地群の高さが何階建であるか、建築密度はどのくらいか、容積はどのくらいかを事前に調べておいたもの)を暗示したお互いの景観を一枚の写真として合成し、合成以前の景観との相違度をアンケートまたはテストによって数量的に解析しようとするものである。この調査では推定手法として線型回帰に関する最小二乗法を採用した。**
(** 測定で得られた数値の組を、適当なモデルから想定される1次関数、対数曲線など特定の関数を用いて近似する数学的解析方法)
結論として,景観の許容量「X」は、植生による視覚の遮蔽度「A」、地形による視覚の遮蔽度「B」、景観のコンプレキシティ「C」の各要因に対して、方程式①、X=5.352-0.205A-0.288B-0.509Cによって関連づけられることが明らかとなった。また,視覚的インプット量「Y」については、建築群の高さ「D」、建築群の平面的密度「E」、建築群の平均容積「F」の各要因に対して,方程式②、Y=-0.293+0.764D+0.268E+0.291F によって関連づけられることが明らかとなった。
以上の結果から、景観の許容量については、「景観のコンプレキシティ」の度合が、他の要因と比較して重要な役割を果していることが理解できる。また「建築群の高さ」については、他の「密度」や「容積」などに比してより強くインパクト効果に対し、貢献していることが了解できる。以上が、Part 1で述べた「景観適性評価手法」の検証プロセスであり「評価関数」の抽出プロセスでもある。
計画地区での景観の許容量スコアの算定は、以上の方程式①の結果に基づいて地図上に作成したものであり、住宅団地計画の設計指針として応用が可能となったものである。
この計画地区での許容量の低い地点は、具体的には,尾根筋の頂上に位置する地点であり,許容量の高い地区は、谷底状の地形や、大規模構造物の存在するような地区を挙げることができる。このようなことから,団地等の建設にあたっては、山の頂上に10階建の建物を配置するより、斜面の裾に沿って中層の建物を配置した方が、景観の質としては高く、周囲に与える圧迫感も低下することが明らかになったといえる。
環境管理計画への応用 Act 3(注4)
これまでの景観計画手法の応用例は、住宅地の計画にあたって、事前にその敷地での景観の許容量を評価し、その結果に基づいて、景観の質を維持するために、建築物を適正に配置することが目的であった。
ここでの応用例は、調査計画地域をさらに広い地域とし、景観上の制約条件を地理的に明らかにし、土地利用計画に伴う種々の開発行為を適正にコントロールするための土地利用適性評価の手法を摘用したものである。この手法は、将来的な環境管理のための計画を目指したものであり、その中での景観保全的な位置付けについて言及してみたい。*
(* 環境管理のカテゴリーには景観以外の多くの項目が含まれている)
調査計画地域は、愛知県の豊川流域と渥美半島を中心とする東三河地域である。この地域は,県域の約33%を占める1,699kmの面積を有し、第三次全国総合開発計画におけるモデル定住園地域に指定されてもいる。
従来環境行政においては、公害防止計画にもあきらかなように、大気質、水質などの排出規制や総量規制にみられるような公害対策的な観点からの計画目標が主要なものであった。しかし本来環境の質の管理とは、公害防止だけでなくさらに積極的な地域計画のレベルに属すような問題も含んでおり、このことによって従来の考え方の転換が求められている状況にあるといってもよい。
特筆すべきことは、環境の有する制約のレベルを事前に認識し、その対策を講ずるという点で、今まで述べてきた「景観計画手法」の考え方が環境管理のシステムに対して共通の構造を持っており、環境保全、景観保全にとって有効に機能するという点である。
既に述べた「景観の許容量」は、ここでは、環境保全上の制約条件であるということができよう。すなわち許容量が低いということは,制約条件は多く、強いということである。このような環境管理のフレームのなかでは、具体的にどのような景観保全上の施策が考慮されるのであろうか。この点については未だ明瞭でないのだが、例えば市街化を誘導すべき地域と抑制すべき地域というような用途規制に属する対策も考慮されることも考えることができる。景観的な観点から言えば,建物の密度や,高さ等に対する指針を検討することも可能であろう。**
(** 都市計画法上の市街化区域、調整区域の別や用途地域、地区計画に属するようなこと)
図(省略)は、調査計画地域における「景観上制約を有する地域」の地理的な分布を示している。いわば、地域での景観の有するポテンシャル的な価値をあきらかにしており、市街地計画を適正に誘導するための計画基準のひとつである。これらの計画基準に基づいて,環境利用計画やそれに伴う事業計画に対しての具体的な実施指針が提案され、まとめられようとしている。
まとめ
「地域景観計画手法の実践」は、Part 1 として,地域都市計画における基本的な計画の方法論及び、そのフレームのなかでの「景観計画手法」の一般的方法について明らかにしたものであり、Part 2 では、計画手法の具体的な実践、応用として三つの例を取り上げ、それぞれの内容を概略的に紹介した。
ここで述べた景観計画手法の実践例については、いずれもこの結論に基づいて、計画最終決定するに致っていない。このことは景観的な観点からの計画基準のみでは、最終的な都市計画マスタープランなどとして結論が下し難いというのが主要な理由であろう。つまり、まとめとしては,景観が良好であり,その質が高いということを認識するのは,バランスのとれた判断基準に基づいた総合的な評価が行われたその結果であり、継時的な息の長い計画プロセスのなかにあるといえよう。
注1 ここでの不可視深度の説明は、主に、「景観の構造」樋口忠彦によっている。
注2 基本的なアイデアは、Norbert Dee らの考え方を参考にしている。
注3 Part 1「景観適性評価手法」の項を参照。
注4 「愛知県環境利用適性調査」昭和52,54年度,愛知県環境部
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